ブログを開設して約一年経過した。
写真はちきりんさんのブログ運営本。
この本読みつつ、一年経過したこれまで、とこれから。について書いてみる。
当初のもくろみ。
「本を読んだり、料理習ったり、写真習ったり、その他自分が興味を持ってやっていることに関し、学んだことをアウトプットする場としてのブログ」
「ブログを書くためのネタ探しをわざわざしない。自然体で。」
こんな感じでブログを始めた。
一年経過しての実際。
…どちらかといえば雑記帳ちっくになってしまっている感じがする…書くのはわりと楽しい。が、学んだことをアウトプットする場。という当初のもくろみとはちょっと乖離してしまった感じがする。
2年目突入にあたっては、「なんかについて書く」じゃなくて「なにか伝えよう。研究成果を発表しよう。」なる観点を持ちたい。たまには…
…1年を通して守れているのは、「ブログを書くためのネタ探しをわざわざしない。」このことは守れてる感じ。これはこれからも続けてく。
ダラダラぐたぐたな真夏なんて本当に書くことが無かった…
わたしなりの意義ある毎日を送れてるかどうかの指標にもブログはなっているんだな。とも思う。
一年経過しての一年前になかった悩み
わたしにはやりたいこと、すべきことが沢山あるのだけれども、ブログ書くことに関しては、まあまあやりたいこと、ではあるが、すべきことでもない。優先度的には高いところではない。
とにかく時間がかかる。どうしよう…なる一年前には感じた事が無かった悩みが生じる。
悩みに対する今のところの解
わたしは文章を書くのが遅いんじゃないのか?とおもっていた。
ところが、文章書くのが遅い以前に、思考をもうちょっと深めたほうがよいかも。と思うようになった。
最近読んだ本(”「言葉にできる」は武器になる” 梅田悟司著)のなかで、
言葉には二つの種類がある。ということを知る。
・外に向かう言葉(いわゆる発信するもの。ブログ書くとか、考え伝えるとか)
・内なる言葉(発信する前の考える、という段階における発することのない言葉。)
・言葉にできない。ってことは考えてないということ。
まずは内なる言葉をしっかりさせないと、伝わらない。
…文章力を鍛える。というのはわたしは「外に向かう言葉」をいかにすべきか?なんてずっと思っていたのだが、それ以前の思考の部分がまずいじゃん…ということを今更気づくのであった。
なんで?どうしたいの?本当?をブツブツ考え続けるのが内なる言葉、思考を鍛えることとになるらしい。
こそっとひとこと。
偉そうなことを書きましたが…
この本を読みながら、なんと迂闊にも途中電車で爆睡して京王線の高尾山口まで行ってしまった…(平日夕方)
爆睡するヒマあったら、内なる言葉を鍛えます…
本自体はとてもいい本です。キンドル用に買いなおそうかと思ったくらい。