ひろこの自由研究

まいにち、は自由研究の積み重ね。楽しい日々を過ごすための研究結果の発表場所としてのブログ。

ミニマリストによるお片付け相談会に行ってきた件③。(ドアの可動域確保作業)

わたしは風水マニアとか霊感が強いとか全くないのだけれども、夫の書庫という名の汚部屋から漂う妖気が耐えられず、先日お片付け相談をしてきた。で、そのときのアドバイスは「不便さをアピール」だったのだが、なしのつぶて、であった。

「書庫には快適さ、便利さは求めない。」

妥協案として、妖気封じ込み作戦に入ることにする。大げさなことではなく、「ドアを閉める。」ただそれだけである。

相談内容↓

 

ミニマリストによるお片付け相談会に行ってきた件①。(佐々木典士さんとお話をした) - ひろこの自由研究

交渉内容(なしのつぶて)↓

 

ミニマリストによるお片付け相談会に行ってきた件②。(交渉) - ひろこの自由研究

以下ドアの可動域を作ったことに関して

 

当初はドアの前に鎮座していた本やらなんやらを一時的に押し入れに運び出す予定だったのだが、あまりにも量が多く、家の廊下で台車を使わないと運べない。な緊急事態…

なので、押し入れまで持っていくのは断念し、ひとまずわたしの部屋の入り口のスペースに巨大ドアストッパーとなっていた本やらなんやらの無差別級重量の荷物をズルズルと引きずり移動。なんとかドアの開閉可動域ができた。

 

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↓巨大ドアストッパー(作業前)

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ところが、重要な問題が起こる。

この巨大ドアストッパーがなくなり、ドアが閉まったのは良いが、この無差別級重さの荷物の類が目にうるさいのと妖気が気になる…

布をかぶせて、なんとかガマン…

大雨週末に何とかしてもらおう…左夫の部屋、右私の部屋、手前の花柄が妖気ムンムンのカタマリ…

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補足事項…

一枚目のドアの開閉が可能になった状態の夫の部屋の入り口。

何故にドアを開けたら本棚がこんにちわ。ご対面状態になっているのか…

普通じゃありえないレイアウトである。

 

本当に書庫…なんです。本屋さんの店舗や図書館みたいに、壁側のみならず、壁じゃないところに本棚があるんです…(ああいう整然とした状態ではない)

 

これにてミニマリストによるお片付け相談会に行ってきた件ネタは終了です。

引き続きがんばります。空気が清らかになるその日まで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミニマリストによるお片付け相談会に行ってきた件②。(交渉)

 

先日お話を伺うことがあったミニマリストによるお片付け相談会。相談結果をもとにいざ実践。なぜに自分の車とか身の回りとかは整えているのに、部屋だけは綺麗にできないんでしょか…モノ好き(本コレクション)夫への交渉…

↓相談した内容

http://hirokows.hatenablog.com/entry/2017/10/19/080052

 

その前に…

いいこと聞いたわ~。間違いなく不便を感じてるはずだ、あの部屋。と小躍りで自宅に戻る。ふだん同じことをされてもそこまでは怒らないある異変に気付く。

「熟成真っ最中の塩麹の瓶がキッチンにない…」(注:手作りで塩麹を作るときは常温で熟成させるのである。熟成後は冷蔵庫保管)

まさか、と思って冷蔵庫を見ると、冷蔵庫に保管されている。

塩麹今作ってる最中だからしまったらダメなの。なんで人のモノを片づけて自分のものを片付けないのか。

「そもそも共有スペースで片付けるものは自分が直接出したたもの(例:私不在のときに使ったマヨネーズとか)と自分の私物だけでいいって言ってるじゃん。人のもの片付けるなら自分の部屋をキレイにしてくれ。」

と伝える。

悪気は無かったとか、冷蔵庫に保存すべきものだから保存したとかいろいろ言ってきたのであるが、自身の臭いモノ(=書庫というなのワンダー汚ランド)のお片付けをせずに人のモノを片付ける、という行為が私の逆鱗に改めて触れる。

 

テレビに目をやる。わたしが録画したNHKのプロフェッショナルの録画らしきものを見ていたぽい。

「それわたしが録画したやつだよね。なんで人の録画した番組見るの。自分で録画したブラタモリとかNHKスペシャルとか旅番組とかいろいろあるじゃん。どんどんハードディスクがいっぱいになっちゃうんですけど…まずは自分で見たいと思って録画した番組から見てください。」

…べつにわたしが録画した番組を見ることに怒り心頭ではない。たぶん普段こういうことをおそらくやっているおもうけどたぶん何とも思わなかったと思う。

部屋同様にDVDレコーダーもすでに容量オーバーでハードディスクをつぎ足して使っているのである。

本のコレクションと同様のデジタルモノ(=映像)のコレクションもしている、という事実を改めてわたし自身が認識してしまってこのことに対しわたしは怒り心頭なのである。

 

いざ実践…

「今日いい話きいてきたんだけどさ~。片づけに関して。ミニマリストの佐々木さんっていう人と話す機会があって、あなたの汚部屋の整理について相談したのよ。で、その部屋不便でしょ。居たくないでしょ。なんでそう思うかわかる?」

「不便さを解消して快適生活したいと思いませんか?」

等々畳みかける。

この質問に対するアンサーがわたしの心を砕く。

「あの部屋は書庫だから。部屋じゃないの。書庫に快適さは求めない。」

…何も言えない…

「大好きなモノ(=今回は本)に囲まれた空間って癒しの場だとおもうけどな~。あの部屋ってずっといたい空間なの?」

「たしかに快適じゃないし、ずっと居たいとは思わない。くつろぎたいならリビングとかでいいし…」

…以下全くかみ合わない話は続く…

で、出した結論。

「じゃあ、あの部屋から漂う妖気だけは許せないので、部屋のドアだけは閉めてもらいますんで。」

↓現在の書庫のドア…閉まりません…

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その③に続く…

 

 

 

 

 

 

 

ミニマリストによるお片付け相談会に行ってきた件①。(佐々木典士さんとお話をした)

日本橋丸善にて、

日本橋 BOOK CON 読み手と作り手をつなげる本の祭典」という催しものがあり、いろんな出版社がブースを開いて、自社の本を販売したり著者さんが来店されてたり、などというイベントが開催されているのを知る。(2017/10/18-2017/10/20)

そのなかで、ちょっと気になるイベントがあったので行ってみたのでそのことを。

 

 イベントの概要

そのイベント名は、

ワニブックス社のブースでの、ミニマリストによる「お部屋片付け相談会!」なるものである。(このイベントは10/18だけ)

今年の春先に突如実家の2世帯住宅の二児の子育て真っ最中の妹一家ゾーンが汚部屋から綺麗部屋に激変したのに刺激をうけ、わたしもいらないモノを捨てまくっていたのである。

その結果、共同ゾーン(リビングとか)での私物放置一切禁止。ただし自分らのプライベートゾーンは各々のやりたいように。なるお約束ができ、いまのところこのお約束はまあ守られている。

私物は放置禁止なので、私物と判断されるものは、空いた戸棚にしまう。ということを今のところ徹底している。

↓わたしのお片付け引き出し

充電ケーブルと家事の後のお手入れニベア

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共同ゾーン及びわたしの部屋は主導権がわたしにあるため、まあいい感じに暮らせている。

 

今回イベント参加に至った理由とその背景。

が、ここにきて、夫の部屋から漂う妖気が気になってきた。汚くて気の通りが悪い部屋は運が悪くなる。というアレである。(ちなみに窓はあるが、窓は締めっぱなし、カーテン閉じっぱなしである)

…わたしに言わせると汚部屋、夫に言わせると書庫。

…写真をお見せしたいくらいであるが、書庫ではないと思う…

 

で、わたしのモノ捨て生活にかなりの影響を及ぼした本に「ボクたちにもうモノは必要ない」という本がある。この著者さんが佐々木典士さん、という方なのだけれども、この佐々木さんがお片付け相談をしてくれる。というのがこのイベントの趣旨である。

というわけで、わたしのお悩みを打ち明けてきた。

 ↓佐々木さんのご著書

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…イベント自体は大行列だったらどうしよう。と思ったのだが、意外にもわたしが行ったときはひとりご相談者がいるだけで、ほどなくわたしの番が回ってきた。

いざ、話したかった人を目の前にすると、お悩み相談よりも、佐々木さんの人そのものに対して伺いたいこともたくさんあったのだが、ここはぐっと抑えて、本来の悩みを打ち明ける。

 

いざ相談…

「夫が片づけられないんです。ため込むんです…しかもわたしが捨てた漫画とか家庭内万引きまでして、自分の部屋の本棚にぎゅうぎゅうと押し込むんです。わたしが捨てたようとしたわたしの本棚も自分の部屋にぎゅうぎゅうと押し込みました。」

「3.11の大震災のときは、これで改心するか。と思ったのだけれども、(自宅の他の部屋は何ともなかったのに、夫の部屋だけに超直下型地震が襲ってきたと思われるくらいの散らかりぶりだった。)震災の大混乱中(物不足やら、買い占め騒動勃発のなか)つっかえ棒(本棚の倒れをふせぐやつ)を買ってきて本棚の補強作業をしていたんです。(まあつっかえ棒も物不足だったらしいけど)」

なる話をする。

家庭内万引き、というわたしの造語にウケてくださりつつも、

このわたしの悩みに対しての佐々木さんのお答えというのがわたしには今まで無かった観点であった。

「不便ですよね…それだけいろんなモノに囲まれてると。なので、不便を感じてないのか?って聞いてみるのはどうですか。」

 

いいことを聞いた。頭ごなしに片づけてよね。捨ててよね。としかわたしは言わなかったのだけれども、そういう本人がおそらく感じているであろうところからじわり、攻める方法があったのか…

 

というわけで、早速自宅に帰って、このことを夫に話をしてみた…かみ合わない二人…であったことだけ軽くは触れておく…詳細は続く…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 日本橋BOOK CON読み手と作り手をつなげる本の祭典

断ち絶ち生活番外編…

ネット断ち生活をしたり、現在仙人生活真っ最中である…

断ち絶ち生活の番外編としては、音を断つ…といっても音楽を断つということじゃなく、音を出さない生活を心がけることにした…である。

勝手すぎるのだけれども、自分の出す音(なにかを置いたりとか、生活全般の音やキーボードの音)はほとんど無意識で、唯一気にするのは、電車での自分のヘッドホンからの音漏れくらいしか意識的に気を付けることはしないれども(ボリュームは小と中の間くらいで小市民よろしくこじんまりと聴いているので全く漏れていないはず)、他人の出す音は気になる。

生活全般の音、通勤電車でのどうでもよい会話、曲名までモロバレになるくらいの大音量の他人のヘッドホンからの音漏れ…

音は見えないし、感じ方が人それぞれだし、適正音量みたいなのが分かりづらい…

が、わたし自身のお作法を整える、ということでやり始めたのだが…

 

この音をなるべく出さない生活。は、ネット断ちより難しい…

 

ふと、食洗機から食器を出して、「音立てないようにせねば。」としずしずと食器を戻す。

そして、晩御飯の用意をせねば。となり、鍋を取り出し、がちゃん、と鍋をコンロに置き、料理開始。

がちゃん、と鍋を置いたことすら忘れているし、今こうブログを書いていても、今日鍋を置くときにしずしずと置いたかどうかなんて全く覚えていないし、意識した記憶もない。

 

夜ひとり一日の日記を書くタイムがわたしにはあるのだけれども、そのときにも、

「今日もまた音出さない生活できなかった。」なる反省がずっと続いている。

正確にいくと、

「今日もまた音を出さないことに意識が向かなかった。」である。

 

 

 

 

期間限定断ち絶ち生活突入その1

2017年もあと3か月。となったときに、2017年度で何か成し遂げたことはあるかな。と振り返ってみたところ、成し遂げ事項が、

「仕事での消耗ゆえ、ネットを見る時間が無く、ミスチルライブのネタバレに触れることなくライブ当日を迎えた。」

「網棚に載せた鞄にスマホをしまうようにしたら、電車でのスマホと同伴出勤がなくなり電車の中で本を読むことに成功した。」

である。

このささやかな成功体験は両方とも、「遠ざけたいものを遠ざけて、縁遠くなった。」である。

このことを踏み台として、現在ふたつの項目に関して、断ち絶ち生活をしている。

今までのわたしから見れば、仙人みたいな生活をしている。このブログでは1個目の断絶生活について。

 

絶ち絶ちその1

ネット断ち絶ち…

きっかけ…

自分はどれだけダラっとネットを見ているんだろうと、一日の終わりにグーグルクロームの履歴で確認したところ、

「見たくて見ているサイトよりもなんとなくヒマつぶし。むしろ気分悪くなるために見ている(芸能ネタとか)サイトもあるじゃん。」のなんとなくわかっていた事実が可視化された…

わたしは意志力も意思力もゼロなので、遠ざけるしか解決方法がない。

というわけで、パソコンの電源入れるのは毎日22時から。と手始めにやってみたら、開始時刻は守れるが終了時刻がエンドレスになる。という残念なことになり(つまりダラネットの開始時間が遅れただけでやっていることは一緒である)

やむなく、ネット閲覧は平日は22時~23時までの間とした。電源もぶちっと切る。(休日は今のところ制約をつけてない)

 

今のところの経過とその背景。

1時間でネットでやれること、といえば、

最近株価が動いているから自分の証券口座の確認。…超今売却してスッキリしたい銘柄があるのだが、発行株式数が多いせいか、この相場上場の気流に全く乗っていない…

ブログの下書き。例外でブログ下書きのエバーノートはネット閲覧の除外とか当初はユルく運用していたのだが、奈落の底にどんどん堕ち、ズボズボエバーノート開きながら、他のサイト見る。みたいなアホなことをしていたので、ブログの下書きも例外としないようにした。

真面目に天気予報と紅葉の研究。

寒暖の差が一日のうちに大きくならないと、紅葉が進まない。かつ、日照時間もないと綺麗に色がつかない。

わたしが念じたところで天気が大きく変わるわけでもないのだが、最近の雨三昧な日々は紅葉的にはよろしくないんじゃないかとモヤモヤしつつ、どこに写真撮りに行こうかと調査…

 どうしても見たいサイトのチェック。

断ち絶ちをしたほうがむしろ精神的に悪影響が出る、お気に入りのサイトやブログの確認。

 

この4つをやると1時間なんてあっという間に立ってしまう。

仙人生活をしてわかったことは、

意外にもすんなりと、「何か知っているより何かしているほうが気持ちいい」の域に達観したことである。

 

終活と濃活(≠恋活)

…と先日までわたし、達観したじゃん。と悦に浸っていたのだが、友人たちとごはん会をしたときに、「恋活」「写活」等々の様々な近況を聞いてたのだが、

で、あなたはどうなのさ?となったときに、わたしが今やっている「断ち絶ち生活」の話になり、

「で、算出された時間で何してるの?」

ということになった。

…具体的に答えられない。時間ってコワい…何に使ってたんだろ…

本?写真?ピアノ?今までよりも時間増えた感じはない…

なにかを知っているより何かしているほうが気持ちいい。

の何か。は何なんだろ…

 

最近やたらと「いつ死ぬかわからんけど、死ぬ直前にスマホ握りしめたり、パソコン凝視してたりするのだけはイヤだ。」なるおぼろげなる思いはあるのだが…帰りの電車で一人になって、

やだなあ…わたし終活してるみたい…

遠い未来のことを何案じてるんだろ…

恋活じゃなく、濃活(濃い活動)をしなくちゃ。と思ったのであった。

 

断ち絶ちその2に続きます。

2のほうが仙人度が高い…

 

 

 

 

 

 

1440分の使い方(ケビン・クルーズ著)読書感想文

一日は1,440分だよ。お金は増やすことも失うこともできるけど、時間は失うことしかできないんだよ。今更残酷すぎる真実について書かれた本を読んだのでそのことを。

この本を読んでの最終着地点は「生産性上げましょう」だと思われるのだが、ああ今年残り3か月、「生産性を上げよう」と心に誓った2017年の年初から時間はどんどん流れ、あと3か月で次の年が来ちゃう…ということも今更実感。

(なんとこの本はkindleで540円で買える。)

 

何故に秒ではなく分、なのか。

一日は86,400秒。とも換言できるけれども、あえて1,440分と意識するのは、秒単位だとあまりにも簡単に過ぎ去ってしまうから。分単位だと1分、と考えても意外と出来ることが多い、1分に秘められた可能性を知ることができるから。なんだそうだ。

わたしの場合は、料理したときに使った調味料をごはん食べる前に戻すとか、わりとちょっとしたことができるなあ。とふとした瞬間に即その場でできることはやったほうがいいじゃん。のきっかけとなった。

 

一度にやれることはひとつだけ。マルチタスクはしない。

ふたつのことには集中できない。一度にやれることはひとつだけ。

…今わたしの仕事は超マルチタスクを求められることが多い。もうムリムリ…とここ半年ずっと思ってきたのだが、その通り。(でもこれはもうしょうがないけど…)

…家では少し前までは「オーディオブック聞きながら料理する。」とかエラそうなことをやっていたのだが、単なるBGMにしかなっていないことが今更よくわかる。

 

一度しか触らないルール

一度さわったらすぐにその場で処理。

郵便物は即捨て、取っておくをすぐにするとか、小さいことだけれどもすぐにできることはその場で。こういう小さなことは人間のあらゆるモノゴトに対する行動パターンを象徴するらしい。

…これはこの本読んでわたしが実際に意識的に取り入れていることである。

出したら速攻しまう、を最近は心がけている。慣れるまでは超意識的に行動しているのだが、無意識に即仕舞ができるようになりたい。

 

大成功した人は朝の習慣を継続している。

「朝が遅い人は一日中小走りしなくてはならない。」

ドキっ…

わたしのことじゃん。寝坊ではないけれども、早起きでもない。(出かける一時間前に起きる。出かける準備で精いっぱい。この段取りの悪さも大いに問題だが。)

時間は増やせないけれども、早起きによる前向き思考は増やせる。〆切効果による集中力は増やせるんだよ。ということらしい。

…このブログは「本を読んで実際にやってみた。」という自由研究が主たるテーマである。

自分自身にどんな変化が生まれるのか、の実験を始めたとこである。

 

格言集。

この本の最後の章の格言集がいちいちドキっとさせられる。時は金なり、くらいしか知らなかった私には心に響くものがたくさんあった。

心に響いたもののよりぬきを。

「あなたは遅れるかもしれないが、時間は遅れない。」

…ついつい緩んでしまう待ち合わせへうっかり間に合わなかったり。への戒め。

「時間は見つかることなど決してない。時間がほしければ作るしかない。」

…ついついスキマ時間の活用とかセコいことを考えてしまうのだが、そうではなくってもっとがさっとまだまだ作れる時間はありそうだ。

「わたしたちが先延ばしをしている間に、人生はわたしたちを置き去りにして突っ走る。」

…先延ばしはいかん、というやつです。先延ばしした結果の起こりうる将来の事象、をどうなるかを考えて行動したいものである。(なかなかできない。)

いちばん響いたのはこれ。

「富を失ったら懸命に働けばいい。知識を失ったら勉強すればいい。健康を失ったら薬飲めばいい。しかし時間は失ったら永遠に戻ってこない。」

…わかりましたよ…そこまで残酷な事実をつらつらと並べなくても…

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自分の言葉で語る技術(川上徹也著)読書感想文

AmazonのPrime Readingの対象本になっていたので読んでみた。

プライムリーディングに関しては、…unlimited開始のときみたいに、掘り出し物あるかな~と日々調査中である。(あの時の一番の掘り出しモノはインベスターZが全巻読めることだったけど)

しかし、掘り出し物は今のところ見つかっていない。なんとか出会った掘り出し本の一つについて書いてみる。

 

自分の言葉、とは何か?

よく、自分の言葉で話しなさい、とか言われるあの「自分の言葉」の正体…

この本でも紹介されているけれども、わたしも初めて自分の言葉で話すという機会に遭遇したのは「就職活動」である。自己紹介の類である。差別化を図るうえで何を語るか…結局は自分にしかしたことがないと思われる経験を一生懸命に話すことになる。面接の達人には書かれてないことを一生懸命に語るのである。

いま思えばこれが「自分の言葉」の正体なんだろうけれども、この本の中では、

「ネットで見つけてきたというのがすぐにバレる借りものの言葉をそのまま使わない。使うなら自分の言葉や体験で咀嚼してから。」

「オリジナルの考えや表現なんて存在しない。どっかで見聞したものを日々使っている。他人から見て自分なりの表現で語ってるなあと思わせる。」

 

…いきなりそういわれても…である。

本のなかで速攻取り入れることができそうなことがあったのでそのあたりを書いてみる。

 

感情や気持ちを表す言葉ではその感情は伝わらない。

気持ちは書かないほうが伝わる。

ついつい「楽しかった」「悲しかった」「うれしかった」「くやしかった」という気持ちを表す言葉は使いがちである。

まあ素直な気持ちであることには間違いない。

楽しかった、と書いたからといって楽しい気持ちが伝わっては来ないのである。

その時の状況を書いたほうが楽しかった気持ちが伝わるものである。

 

 

具体的に書く。話す。

子供は「遠足どうだった?」「おもしろかった」で会話が終わる。なんてことがよくありがちだ。と聞く。(まだボキャブラリーがそんなにないため。という見方もできる。)

大人になっても何ごとに関しても「おもしろかったです」というだけの人がいるらしい。

これほど面白くない感想は無い。まさに自分の言葉になってないじゃん。である。

ここでもどこが面白かったかを具体的に語るべし。なのである。

 

簡単に感動したり号泣したりしない。

どこがどうよかったか、を表現しよう。ひとつとして同じ言葉は無いはず。その人にしか言い表せない言葉があるはず。

 

 

…改めて自分の過去のブログをチラと振り返る。

わたしのブログにはほとんど外食時の食事レポというものが無いのだが、これは表現力不足ゆえ。と自分では結論づけていたのだが、「美味しかった」の状況をうまく伝えられないからかなあ。と改めて思う。(目の前の食べ物よりも会話のほうが印象に残ることが多いため)

他の記事もオタク度満点なミスチルのライブのこととかも楽しかったことがなるべ伝わり、かつオタク度控えめにしよう具体的に一応書いてきたつもりである。

あくまでもつもり…だけど。

…これからも気持ちを表す言葉を使うときは慎重になろう…具体的に書こう。である。

 

…以上最近ブログの更新が停滞している言い訳でした…言葉に慎重になったゆえ、である。

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