ひろこの自由研究

まいにち、は自由研究の積み重ね。楽しい日々を過ごすための研究結果の発表場所としてのブログ。

ノープラ生活を数週間続けるというドキュメンタリーを観た件2(NHKクローズアップ現代プラス)

先日テレビで観たノープラスチック生活に関するドキュメンタリーちっく番組視聴記の続き。
(ノーブラではない、プラスチックNOのほう)
NHKクローズアップ現代「ノープラ生活やってみた」プラスチックごみ削減の挑戦 2019/6/12放送)
その1…私たちの身の回りはプラスチックであふれてるの件…
以下続き…
いわゆる衛生用品の類もノープラスチック生活においては、使用不可能である。(シャンプーとかがすでにプラスチックの容器に入っているため。)
番組の中で唯一使用がOKだったのは、昔懐かし「固形石鹸」これで、身体洗うのも洗濯するのも(もちろん手洗い)まかなう。
イチ独身男性がかがんでお洗濯、はなかなか切ない感じであった…
 
これは追いつめられるわ…
「歯ブラシがないので、歯を布で磨く。もちろん歯磨き粉もなし。」
ひい…
番組の中で、脱プラスチック生活を心がけているエコの達人さんに教わって「歯ブラシの持ち手が竹、ブラシも動物性のもので自然なものがある」と紹介されて、通販で入手したが、まさかの透明プチプチに包装されて手元に届くという最悪の結果…
↓こんな感じで届いていた…
 

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番組が進むにつれて、生活に必要な最低限のもの(スマホ、パソコン含む)はプラスチック含有でも使用可、ただし使い捨てになるようなプラスチック製品は使わない。ということになり番組は進む。なので、プチプチにくるまれて届いた歯ブラシもたぶん使えるようになったはず。
そして、歯磨き粉というのも手作りできるんだそうだ…(いろいろネットで検索すると出てくる…)
 
番組のオチとしては、
ノープラ生活は流石に無理すぎるため、
 必要なプラスチック製品はありがたく使うが、ゴミとしてのプラスチック排出は極力しない日々を続ける。
それだけ気をつけただけでも、排出されるプラスチックゴミの量は激減である。
こんなとこだった。
 
 
実はいいとこもあるんだよ。プラスチック。
悪者扱いされるプラチックであるが、一応優れているところもある、として番組で紹介されていたのが、
「いろんな形状、いろんな形に変幻自在。」
それこそ落としても割れない食器から食品の長期保管を可能にしたラミネートシール加工の真空パックができるような薄薄プラスチックのフイルムとか。
まあ、利便性と引き換えに大いなる代償を負うことになるけど。
 
「商品の包装におけるプラスチックのお役目」
テレビ見ていて、「へえ、そうなんだ。」と思ったのは、商品のパッケージのほぼほぼ9割近くに使われているとおぼしきプラスチック、ここに商品説明を印刷することにより、お店での店員さんの説明の代わりになっている、ということも紹介されていた。

ノープラ生活を数週間続けるというドキュメンタリーを観た件(NHKクローズアップ現代プラス)

G20つながりで環境問題を話し合う会議が終わり、廃プラ問題がちらと話題になっておりますが…
わたしはレジ袋辞退くらいしか廃プラ問題に関係ありそうなことはしてないのですが、(…しかも廃プラ問題におけるポイ捨てレジ袋というものは、全体の2パーセントくらいしか量がないらしい…)
最近ノープラ(ノーブラではない、プラスチックNOのほう)生活を数週間NHKのディレクターさんが実践した奮闘記みたいなのが、放映されていたのでそれを見た感想記を。
NHKクローズアップ現代「ノープラ生活やってみた」プラスチックごみ削減の挑戦 2019/6/12放送)
 
まるっと一言でお伝えするのなら、
世の中、プラスチックで溢れている。
「プラスチック無しで生活するの不可能。」世の中に出回るプラスチックなるものを減らそうと、レジ袋辞退なんていうのわたしを含め多くの人は実践されているんだろうけれども、あまりにも世の中にはプラスチックであふれているんだよ、今は使えるプラスチック、これがゴミになったとしたら…レジ袋辞退でプラスチック使用減らしてみた、なんてのは、「焼け石に水程度かも。」である。
 
ノープラ生活とはいかなるものか?
番組ではNHKのディレクターさんの自宅からズバリプラスチックなものから、え?こんなとこにもプラスチック使われてるの?みたいなもの、すべてのプラスチック製品を部屋から運び出すところから始まる。
…なんと、布団も撤収ですよ。洋服全部じゃないけど一部微妙にプラスチック成分が混ざっているものがありこれらも撤収。
 
電気もつけられない…
ガチノープラ生活ともなると、想像していたよりもかなり制約がある生活となる。「電気」もつけられない。(電気のスイッチがプラスチックなので)
 
お金も下ろせず、会社にも行けない。
パスモ使えなければ現金で電車乗ればいいじゃん…となりそうだが、お金下ろすにもキャッシュカードがプラスチックだからダメ。社員証もプラスチックだから会社の建物には入れないとか。
 
メガネだってかけられない…
メガネもレンズがプラスチックだからダメで、ガラスレンズのメガネを作ろうとすると特注品になるからすぐにはできない。と言われたり・・・とか。ゴミではない眼鏡もプラスチックにお世話になっているのか…
 
やりすぎ極端なダイエットは拒食症や過食症になったりするって聞くけど、このディレクターさんもだんだん追いつめられていく。あまりにも世の中にあるもの全てがプラスチックまみれなのである…
現代社会において、プラスチック無しで人間が生き延びるってのはほぼ不可能なのである。驚き…
 
生きるためには食べなければ・・・
この食料調達もかなり厳しい。スーパーで売っているものはほとんどもれなくプラスチックな包装やパッケージがセットとなっている。
苦肉の策としてなんとかたどり着いた先が、
「おかずは缶詰」
なことが番組で紹介されていた。
 
テレビ見ながら、今この場でノープラスチック飯を作れるのか考えたのである。
苦肉の策で、
紙袋に入った小麦粉を金属製のボウルにいれて、木のまな板の上でこねて、取っ手ホウロウ製でノープラスチックのル・クルーゼの鍋で焼いて、ナンみたいにして、(焦げないかがかなり心配ではあるが)、菜箸でそれをつまんで、ツナ缶を具にしてなんちゃってピタさんどみたいなやつ。なるもの…
はげしくマズそうではあるが…小麦粉を水で溶いたものを、焦げないように弱火で炙る…
油はプラスチック容器に入ってるからダメ、塩はプラスチック製の袋に入ってるからダメ。胡椒もふたがプラスチックだからダメ。使えない…味はツナの塩味だけだよ…。何とかやればできるじゃん…
と思ってはみたものの、もしや?と思い確認をしたら、日清製粉の薄力粉(黄色いよくある袋のやつ)は紙製の袋に入っていると思いきや、(ちょっと前までは紙袋だった気がするが…)まさかまさかのビニール製の袋であった(利便性よろしくジップロックみたいに開けやすく閉まりやすくまでなっている…)
ダメじゃん…プラスチック無で晩御飯ができないよ…
しか~も、ガスコンロのツマミは明らかにプラスチック製であった…ダメじゃん…
 
番組が進むにつれて…
個人商店とかだと自分が持参した紙袋にお米を入れて購入したりとか、新聞紙にくるんで購入できたりとか、NHKのディレクターさんは、人間としての生き伸びる力、考える力、野生な力が芽生えてきている感…コミュニケーション力がアップしていたり、(スーパーでの食料調達が難しいので、今までは行ったことのなかった近所の昔ながらの商店街で個別にノー包装をお願いしたり、持参した紙袋に米を量り売りしてもらうとか)
へえ、環境の変化は人間も変えるのね…それまではあまり気にならなかった街のポイ捨てゴミが気になる、とか。
しかし、あまりにも制約が多すぎる生活となっており、かなり消耗しきってる感もあった。
…雨降ってても傘させない。なんで雨に打たれたかというと、スマホで天気予報も見れなかったから…
 
長くなったのでその2に続く…
↓、プチプチが張りついているイマドキ梱包材の図…プチプチと紙がうまく剥がせず無念…Amazon的には便利なんだろうけど…
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勝間塾2019年6月 月例会視聴記

勝間和代さん主催の勝間塾の2019年6月の月例会を視聴したので視聴記メモ。
月例会のタイトルは「最強のアシスタントとしての新しいIT活用術」
 
超まるっと今回の月例会の本質…
「あなたのやりたいことはなんですか?」
「そのやりたいことを具現化するために最新のIT技術やメカを活用しましょう。」
こんなとこである。
端的にお伝えするのなら、わかりやすいところで、スマホの買い替えるという行為になぞらえるのなら、
一般的なスマホの買い替えサイクルは2年とか言われているけれども、これも2年たったからとか、iPhoneの新しい型が出るから買い替える。とかではなくって、新しいスマホで何したいのか?今使ってるスマホじゃそれできないの?と問いを立て、それに対する答えが「やりたいことをかなえる」んだったら買い替える。そうじゃなきゃそこまでしなくても。な感じ。
「やりたいこと」「解決したいこと」がまずあって、それらを実現なり解決するために、積極的に新しいITを活用しましょうよ。なることが今回の月例会の端的な内容。
 
IT使わなければならない理由…
技術によって生産性が上がっている。投じた時間や労力に対する果実としての指標となる生産性はどんどん上がってきている。
IT技術使わないというの不公平さと連動する。そしてやがて貧困というところにもつながるかも。
 
多くの人にとってITはインタラクティブなテレビ的な使い方しかしてないのではなかろうか…
…そ、そうだよ…わたしのスマホなんてどこでもインターネット閲覧機、どこでもSNS閲覧機、どこでもチョイ撮りカメラだよ
…世の中のほとんどの人だって、ツムツムに勤しみ、グノシーでどうでもよい系ニュースを追っている人がほとんどじゃないの?そのツムツムに投じた時間やらグノシーに投じた時間は、生産性向上、人生を好転させることにつながってないんじゃなかろうか??
注…ツムツムもグノシーもわたしは見ないけど、少なくともわたしのスマホ利用(活用ではない)に関しては、わたしにとって何か生産性を劇的に上げた、なることは感じない。
強いて言えば、電卓やらめざまし時計やら地図やら…なるいろんなものが家からなくなってもスマホあればなんとかなる、という意味ではムリヤリ生産性の向上(というよりは利便性の向上)にも役立っている…ムリヤリ考えた。
 
手、目、耳…意外に耳って使ってないよ。の件。
この話は今回の月例会の本質のネタとは逸れるのだが、勝間さんはキンドル本を音声読みさせて、それを何かしらの録音をして(月例会のなかで具体的に紹介されている)それをオーディオブック的に耳読している。という話があった。
本は読むものじゃなく聞くモノとして活用されているんだそうだ。
…手と目はほとんどの時間使われている。でも耳は意外とおヒマである。
本読む時間がないとか本読まない人が多いのは実は手や目がふさがっていることが人間の日々の中で多いからとも言えますね~なる話。
確かに言われてみるとそうだ。耳は従たるものになってる…私の場合。音楽聴きながら(たぶん聞いてないですが…)本読むのとかはできるけど、テレビ見ながら本読むとかできない。たぶんテレビ聴きながら本読む。になっちゃう。
 
予算じゃなく何したいの?
…何したいの?という問いに最後に戻る。
予算じゃなくって、値段高いから。じゃなくって、何をしたいのか?
 
…Learn for Action
学んだあとにはアクション起こさねば。
わたしのしたいことって何なのか?である。
人生の充実さは問いの多さ、問いの深さで決まるとわたしは常々思っているのだが、わたしの本当にしたいことってなんだろな?である。
自動お掃除マシーンを導入して家事軽減したい。その残余でわたしは何するの?まさかまさかのパソコンをテレビ的に使うことにその残余をこのままだと投じてしまうよ。とか…
 
…最近の悩みが一気に解消された残念な気づき…
重量軽いかつ、性能優秀とされるカメラソニーのαなんとか系にちょっと浮気を考えているわたし…)ラクしたい…持ち運びを。だが、それでどんな写真撮りたいの?今のキャノンの一眼じゃ撮れない何かがあるわけ?軽くてよい利便性あるわけ??今まで使っていたキャノンのレンズが全てパーになってしまうことを承知の上、ソニーに浮気できるワケもなく(ソニーのカメラにキャノンのレンズはそのまんまつけられないので、まさにキャノンと離婚し、ソニーと再婚するくらいの大事業である…カメラのメーカを変えるというのは。)これも今のところは予算の制約ゆえ浮気は抑えられている…ふーん、そんな程度なんだ…。予算の制約で躊躇してるんだ…じゃ、やめとけば~みたいな。あら、問いが一個解決してしまった…
ソニーのカメラ買う前に、技術力向上やらこういう写真撮りたいなる欲望をハッキリせいやソニーのα買うお金あるんだったら、早くオーロラ観に行かないと、温暖化でもう見れなくなっちゃうかもよ。体力的にも極寒の地に適応できないかもよ…である。
 
 
考える…問いに対する答えを導く。
悩む…答え無し、ぐるぐる回る…
悩む、じゃなく、考えたい。
スマホの利用で唯一生産性が上がった(手打ちよりも)と思われる外付けキーボード…
 

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屋久島登山弁当の味に関する考察

今年のゴールデンウイークに出かけた屋久島での出来事。形なき天然調味料の話を。


お弁当は毎日同じってホテルのフロントの人がいうんだけど、いい?
と夫に聞く。
え?同じなの?と夫。
…白谷雲水峡に出かける日と縄文杉登山する日の朝食弁当、昼食弁当が2日連続同じものになる。ということを意味する。
今回の屋久島旅行はホテル泊まり。一泊二食つき。で、朝食食べない場合は登山用弁当に振り替えてくれて、お昼のお弁当も700円で手配してくれる。(弁当はホテル特製品ではなく、ホテルが早朝営業の弁当屋の弁当を手配してくれる。)

朝4時くらいにフロントにお弁当取りに行くと、相当数のお弁当が積まれていた。

なるほど、ほとんどの客が朝ごはん食べないのか。ホテルで…
※最終日だけホテル朝食しましたが、かなり豪華だった。朝食を登山弁当に振り替えたお客分の原価がこっちに回って来ていると思われる。

で、肝心の屋久島でのお弁当ライフ。
普段自分で作ったものしか食さないので、全てありがたし。なのである。わたしとしては。たとえ一週間連続で同じものであっても…
夫いわく、
「普段だったら2日連続同じ物を食するのは無理。」とのこと。
だけど、歩き回って、心地よい疲れがあれば(注:私には心地よいを超えた疲れであったが)何食べても美味しい。」
なんだそうだ。

 

天然調味料、すごい…

日常において疲労困憊の私の作る料理は目に目ない疲労感という名前の体に良くなさそうな非天然調味料がたくさん入っているはずだ…


↓弁当の中身は↓な感じなのですよ…こんな感じの2段弁当が2個セットで1000円ですよ…(チラとスーパーで売ってる生鮮食料品見る限りだと、鹿児島市内と屋久島では若干の物価差はあるが、小笠原諸島の父島ほどの激しく物価の差は無い印象…これはホテルでお願いしたお昼弁当で1食(2食ではない)七百円也。内容の割には高くないか???というセコ感想…

そして、味は天然調味料??(自然の中では何食べても美味しい)でしょ。リピーターとか無しでしょ。(弁当店毎に特色あれど、いち弁当屋が作る弁当は基本的に毎日同じなので、民宿に泊まって自己手配する場合は弁当のお店は日ごとに変える人が多いし、わたしらも前回はそうした。)

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なんだかわたしでも弁当屋できそうじゃん…
天然調味料のおかげで。
と思ったのであった。儲けるのは難しいけど。
最大の難所は屋久島には不動産屋がないこと…である。

 

伊勢神宮 外宮参拝記2

先日お伊勢参りをしてきたので、そのことを。

前説…↓身が引き締まる編…トップオブ日本の神社におけるお賽銭…

hirokows.hatenablog.com

 


思っていたほど参拝客はいないけれども、行列なその理由…
今回わたしがお伊勢参りした日にちというのは、超夏日…家のなかでごろっとアイス食べながら過ごしたいくらいの天気だったのである。
で、伊勢神宮の外宮自体は思っていたほど参拝客はいなかった印象。(朝の9時前というのもあるけれども。)
ですが、いわゆる正宮の前のお賽銭箱の前は大行列。なにゆえに?
「ひとりあたりのお祈りの時間、が長い。」
これに尽きる。
各自のペースでお賽銭箱の前でのお祈りはできるのだけれども、(お賽銭箱の前で同時に何人かの人がお参り形式)なかなか真摯かつ神聖な時間が流れているんであります。
この伊勢神宮外宮エリアにはいくつかの神社も包摂されてるのだけど、個人的願望系お祈りダメ系社、そのほかにも「個人的お願いオッケー系」社もなかにはあったりもするのだが、どちらもお祈りタイムの時間は長い。

日本のトップオブ神社において、感謝をお伝えする場所、個人的お願いをする場所、時間をかけて、というのはわからなくもない。が、このことは実際お伊勢参りをするまでは全く想像していなかった。
(もっとミーハー的な参拝客が多いと思ったが、本当におしゃべりとか無いのです。)

 

御朱印
お参りのち御朱印、というお約束があり、昨今はこれをスルーしたスタンプラリー的な感じの動きがあるとも聞く。
だが、ここではそういうことをしている人はいなかった。
世の中なんでもかんでも写真、は良く無いとは思うけれども、ここの社務所での御朱印をいただくエリアでの写真撮影は禁止と明確に張り紙があった。
いただいた御朱印

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ブログまだ続く。住宅街の信仰な町ならではの掲示物、御朱印長の前の方のページをめくられてしまった件、に続く…

 

 

伊勢神宮外宮参拝記1(2019/5/26)

先日お伊勢参りをしてきたのでそのことを。
↓その1きっかけはミーハー…その集客力(という言い方はふさわしくないですが)とその集金力 (お宮を数十年後とに丸ごと総とっかえする式年遷宮 の百万単位のお金があつまることとか)…トップオブジャパニーズ神社を参拝するにあたり、お賽銭はおいくら?他
外宮からお参りするというお約束に関して…
伊勢神宮を参拝するにあたり、外宮→内宮、という順番でお参りするのがお約束らしい。
もっと正式には外宮に行く前にお清めするために二見輿玉神社というまた別のところにある神社でお清めしてから外宮にお参りが正式な方法。
( 二見輿玉神社近くには、写真撮る人には海に浮かぶ夫婦岩がある。)
…そのうちまた触れますが、神職さん(=御朱印を書いてくださるかた)も、チラっとわたしの御朱印帳の前の方のページがめくられてしまった…(お約束は守っているので特に何も言われなかったけど…)なので、 二見輿玉神社はムリだとしても、外宮からお参りをしたほうがよろしいな。とは思った。
 
手水舎
…今回の伊勢神宮参拝な一日…まともに写真撮れそうなところはいろんなお社でも手を洗うここくらいしかない感じだった。
厳格に写真撮影禁止、となってるとことは実際ごくごく一部なのだけれども、なんだか神聖な感じなのでありますよ。どこもかしこも。
未就学な小さな子もご両親に「手を洗ってね、口すすいで」と教えられて、ちゃんと従っている。

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ノー案内図…だが皆さんスタスタと正宮に向かう
…リピーターな方が多いんだと思う。
わりと大きな杉の木みたいなのが多い印象。熱田神宮みたいに緑あふれて、木漏れ日さんさん。という感じではなく、厳格…おごそか。な感じなのである。こういう神聖な場所はいろんな気(良い気も悪い気も)に当たりやすい、と聞くけど、良い気、悪い気、などという単純なものじゃなくて、とにかく厳か…私語などがない感じ。
 
小殿地
建て替え用の土地がそれぞれの御社の隣にあった。祠も祭られている。縄におおわれて、縄には紙垂がぶらさがっている、神聖ゾーンなんだよ、と。実際に写真撮っちゃいけないところは正宮のとことその隣の建て替え用の小殿地だけなのであるが、
この写真は別の御社で撮ったものなのだけど、殆ど盗撮…正宮のみならず、すべてのエリアにおいて、とてもそういうことをしちゃいけない雰囲気むんむん。なのである。
 

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正宮
ここに日本の神社のトップとされる天照大神のお食事をつかさどる豊受大神が祭られているのである。
衣食住をはじめあらゆる産業の神様がここにいらっしゃるのである。
…写真撮れないので、わたしなりの記憶だと、熱田神宮の本宮と割と似ていて、お賽銭箱の向こうは白いカーテンみたいなのが下がっている。
横から中の様子は見ることができて、白い玉砂利(割と大き目な白い石)が敷かれていて、榊の木が中に立っている。な感じ。
 
下世話すぎるお賽銭ハウマッチ問題…
トップオブ神社を参拝するにあたり、お賽銭についてチラと調査をしてきたわたし。明確な金額は結局わからずじまいであった。
現地で目にしたもので、あまり普段目にしないものが結構あったのでそのことについて触れておく。
いわゆるセンター(=お賽銭箱)にたどり着くまでにちょっと時間がかかるので(理由は次の記事あたりで…ブログ果てしなく続く)、お賽銭箱じゃないところ、正宮の中を見ることができる横側に白い布が敷いてあって、ここにお賽銭を置くのも、効用は一緒である説明が、正宮のところにいらっしゃる警備の方(セコムの人とかじゃなくって、伊勢神宮の職員の方)からの説明。
硬貨は全ての種類があった…
お札は千円札、五千円札はあった…
が、万札はなかった。
そのかわり、白い封筒に入った住所氏名付の封筒が多数、お賽銭としてお賽銭箱と同じ意味をもつ白い畳一畳くらい布の上においてあった。
おそらくこの中身がいろいろな想いがつまりかつ、金額も重そうなものなのではなかろうか。である。
 
まだまだ旅日記続く。
 
 

「彼女は安楽死を選んだ」(NHKスペシャル 2019/6/2)

先週NHKで放映されたこの番組(NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」2019/6/2 21時~)の録画してあったものを、内容はなんとなく想像がつく&結果的には想像以上であった)観てしまった…

内容は「小島ミナさん、という多系統萎縮症という難病に50歳くらいに突如侵され、身体がどんどん動かなくなる。最終的には人工呼吸器で生きていくことが将来明らかにわかっている方が、その将来を断つ。安楽死を選ぶ。日本では安楽死は認められていないので、スイスで安楽死する。」という内容なもの。

ご本人、ご本人を支えるお姉さん二人(妹が安楽死を選んだことに対して、認めたくないけど、でも、本人の希望だから。というお考え。)妹さんひとり(安楽死という選択じゃなく、生きることを選んでほしいというお考え。)

そして、別の家族で、同じ病気を持った方だが、人工呼吸器で生きていくことを選んだ方、

な方々が画面では紹介されていた。

 わたしの場合は不治の病、というわけではなかったのだけれども、数年前の出来事を思い出し、ちょっとだけ他の人よりは強く、当事者感を持って、この番組を観てしまった。

 

自らを当てはめますよ・・・

数年前に全身麻酔して、わたしとしては結構一大決心をして病気を治すべく手術を受けたことがある。病気の内容的には「このまま放置しておくと死にませんが、確実に歩けなくなりますよ。」なるものであった。

「死なないけれども、歩けなくなる。」なかなかショッキングな将来である。

手術すれば治ることが分かっていたとはいえ、多少の躊躇はあったし、(まさかの失敗例も手術にはあるらしい…さらに悪化するとか…)今も多少は気を付けることはあるけれども、ほぼほぼ今まで通りの普通の日々を送ることができている。

普通に考えることができて、意思も意志もどっちもある人間が身体の一部が動かなくなり、今まで普通にできたことの一部ができなくなることの恐怖、というのをその時ぞわっと感じたのを、思い出す。

 

…ちょうどロンドンオリンピックの年で、自らの決断を迫られつつも、テレビでぼーっと日本の快進撃を眺めていたのを思い出す。わたしは次のオリンピックを自宅のテレビで見れるんだろか?なる飛躍しすぎたことを思いつつ…

 

番組で紹介されていた小島ミナさんの重たいご本人ならではのひとこと

「身の回りの世話をしてもらって、ありがとう。と思っても、口に出せない気持ちってわかりますか。」(最終的にはしゃべることも困難になる病気なので。)

「ずっと毎日天井ばかり見る生活。ってわかりますか。」

…重い重い…

とくに、ありがとう、感謝の気持ちがあってもそれを伝えることすらできなくなる。ってところが。

 

あまりにも衝撃的すぎる(観ているわたしも、おそらくご本人も)事件

段々と病気が重くなって、小島ミナさんは「自殺」を考えるようになったことが番組で紹介されていた。「わずかに残った体力を振り絞って、部屋にあったハンカチやスカーフを何枚かをつなげてつなげて、紐を作り、それを使って自殺しようと試みた。」

この自殺するためのつなぎ合わせたスカーフを部屋を掃除していたお姉さんたちが見つけて、不安になる。「自殺しちゃうんじゃないか。」と、その不安は的中し、小島ミナさんが自殺を図るが、未遂に終わる。

「わたしには自殺することすらできないんだ…(身体に力が入らない。)」

 

安楽死という選択

このまま生きていてもそれはわたしも苦しい、周りの人も苦しむ。(まるっと書いてしまいましたが、ここまでの決断に至るまでの、番組内容なかなり重い。最終的に安楽死なる選択を考えるようになったのは、病気が重くなった後、転院先となる病院に行って、同じ病気を患い、人工呼吸器で生きていく患者さんを見て、わたしもいずれこうなるのか、と思ったあたりだと思われる。)ということで、安楽死が合法化されているスイスの団体に安楽死希望の旨の申し込みをする。

もう、キーボード打つのも体力的につらいから、すぐにでも。なる言葉を添えて。

そして、ご本人の希望通り、スイスに行って、安楽死を執行する合法的な団体のお医者さんと面談し、厳格な条件も満たした、ということで安楽死が執行された。

(点滴に「死に至る薬剤」が入っていて、自らの意思で点滴をスタートさせると数分以内に安らかに死に至る。という感じだった。)

 

…重い重い…思い、思い、…である。

自分の気持ちを言葉に載せることが出来なかったり、行動で示すことができないという状況下に自らが存ずることになったら、ということを想像してしまった。

生きる希望よりも絶望が勝る世界…

 

このブログではご本人の立場からわたしが慮ることが可能なことを書いてみた。

で、周りのご家族(安楽死を受け入れるお姉さん二人、安楽死を受け入れることができなかった妹さん一人)のことはあまり触れてないんだけれども、「血が繋がった兄弟仲良く」は最後の最後の砦だな。と思った。

 

そして、もう一方の別の家族(安楽死じゃなく生きることを選んだ人)もご本人の希望だから。で病気と対峙していくことになっていることが番組では紹介されており、家族が何かしてくれたことに対して、ありがとう、桜を見て綺麗だね、を、ご自身の気持ちを瞬きひとつで(イエスなら一回、とか決まり事があるようだった。)思いを伝えていた。

身体が動かなくなっても、気持ちを伝える、意思を伝える。という強い思いというのがあるんだな。なることを思い知らされた。